思い出しておくれ すてきなその名を

boredoms2011-06-20

この前にも書きましたけど、白湯って美味しい。
しかも朝一の白湯はなんだか身体にいいみたいです、暇ならお試しくださいまし。
これからもどんどん白湯をプッシュしていきます。
んでから、ついにけいおん飛び出し小僧画像はサブキャラ達に突入です!
また豊郷行きたいなぁ。



獣王伝 雷血【 番外編 Last Challenger 】

第三話「挑戦者、食べる」


 ネズちゃんの家、そのリビングにてどら焼きをむしゃむしゃとほうばっている。
 どら焼きで甘くなった口の中に、熱々の玄米茶を流しこむ。この瞬間、この瞬間が途方もなくこのわしを幸福にさせる。
 今はこのどら焼きと玄米茶、それ以外にはもう何もいらない。
 それ以外にあってはならない。
 幸せだ。
 もう幸せすぎて。
 あまりに幸せすぎて、ここに何をしに来たか忘れてしまってたくらいだ。
「なぁネズちゃん。なぜわしはここにおるのだ?」
「えぇ!? ラストチャレンジャーをしに来て頂いたのではないのですか?」
「おーそうであった。最近は物忘れが酷くてどうにもいかん」
 最近というか、実は今日の朝の事でさえ記憶が怪しい。一豊に何か気に障ることを言われたような気もするが、はっきりとは思い出せない。なにせ千年も生きいるのだから、わしの優れた脳みそをもってしても記憶するという事、その行為自体に飽きたてしまったということであろう。老化ボケした、というわけでは決してない。絶対にないのだ。
「お、来てたのかい小娘」
 そうやってわしに突然声をかけてきたのは、この周辺の森に住む狸だ。
 当然わしにはそう聞こえるというだけで、実際には人語で喋っているわけではないので「クゥークー(お、来てたのかいルイチちゃん)」と表記すべきなのだが、ややこしいのでやめておく。
 ネズちゃんの家には、こういった森の住人達が出入りできるようにとあちらこちらに小さな通り窓を作ってあるのだ、この狸もその通り窓から侵入してきたのだろう。
「おぉ茶釜ではないか。今日も相変わらず獣臭いのう、あまりそばに寄るでないぞ」
 この狸のことを、わしは『茶釜』と呼んでいる。
 茶釜はわしらのいるテーブルの下まで(寄るなと言ったはずなのに)寄ってきて、口にくわえてあったチップスターの筒状の箱を静かに床に置き、わしを見上げた。
「さらっと酷い事言うよね君ね。あと何度も言ってるけど、オレには『アルカイド』っていう両親からもらった立派な名前があるんだがね」
うるさいうるさいうるさい! この前来た時にも言ったはずじゃ! その名前だけは絶対に許さんとな!」
 わしがこんなにも、まるで釘宮にでもなったかのように怒るのにはちゃんとした理由がある。
 ラスチャレの数あるチャレンジャーカードの中でも、わしの一番のお気に入り『銀天の王 アルカイド』と、この小汚い狸の本名が同じ名前という事に腹を立てているのだ。
 しかも『銀天の王 アルカイド』は、初めて当たったパイオニアカード(道を開く者、開拓者という意味があるらしい。まぁいわゆるレアカード)でもあり、思い入れがあるわけだ。
 それに『銀天の王 アルカイド』の絵柄も気に入っている。立て襟マントをたなびかせ、白銀に煌めく鎧を着込み、自身満々に腕を組んで仁王立ち、不敵ににやりと微笑むその表情、ショートヘアー(とはいえ女であるわしから見た感覚であり、男ならそろそろ散髪に行ったほうがいいのではないか、という微妙な長さである)の髪色がわしと同じ銀色だ。
「ひぇー怖い怖い、人間のヒステリックってのは手に負えないねぇ。せっかく美味しいグミの実を持って来てやったのによ」
「むうん……美味しい、グミの実とな」
「おうよ、オレが厳選したグミの実だぜ」
 茶釜はそう言うと、自身で持って来たチップスターの箱を軽く突いた。茶釜がその箱をくわえてこの家に入ってきた当初から気になってはいたが、そこに美味しいグミの実とやらが入っているようだ。 
「このアルカイド君はね、森では知らない者がいないほど有名なグミの実選別名人なのですよ、姫様。アルカイド君の選ぶグミの実は、本当にすばらしい味なんですよ。そうだ、アルカイド君もどら焼きどうかね?」
「茶釜な、ネズちゃん」
「え? なんです姫様?」
「茶釜な! こやつの名前、茶釜な!」
 興奮して、持っていたどら焼きを握りに潰してしまった。
「旦那、茶釜でいいぜい」
「アルカ……ちゃ、茶釜君もどら焼きどうかね?」
 それから、茶釜も加えてまたお茶をした。
 新たにラインナップされた茶釜の持って来たグミの実を試してみる。
 これが悔しい事に、美味しいのだった。爽やかな酸味の後にほのかな甘みの広がりが実に上品だ。これはやはり悔しいが、本当に悔しいが、名人と言われても相違ない。
 それから、先ほど握り潰したどら焼きを回収して、口一杯にほうばる。
 酸味のあるグミの実を先に食べているせいで、どら焼きがより一層甘く感じる、幸せの味がする。
 まさか。
 まさかここまで考えてグミの実を持ってきたというのか、茶釜は。いや、そんなことはありあえない。ただ、もし本当に狙っていたのなら、この狸、バケモノである。
「どうだい小娘? グミの実、うまかったろう?」
「いんや別に」
 強がってみた。
 気を取り直して、ネズちゃんが改めて入れなおしてくれた熱々の玄米茶を、甘くなった口に流し込む。
 この瞬間だ。
 この瞬間の為に生きているのだ。
 グミの実、どら焼き、玄米茶、それ以外にはもう何もいらない。
 それ以外にあってはならない。
 幸せだ。
 もう幸せすぎて。
 あまりに幸せすぎて、それなのに、もうわしの皿にはどら焼きがなくて。
 だから。
「のう、茶釜や。狸は木の実とかしか食えないのであろう? しょうがないから、わしがおぬしの分のどら焼きも食べてやろう、別にわしが食べたいからではなくて、優しさじゃ、老婆心じゃよ。お腹壊すぞそんなの食べたら、化学調味料とか一杯じゃぞ、病気になるかもしれんし、それにだいたい狸なんじゃしおぬし、大人しく木の実とか食べていればよいのだ」
「悪いな小娘。狸はな、雑食性なんだよ」
 狸のしたり顔というものを、初めて見た。
「ぐぬぅぅぅ……お、おーそうであった。最近は物忘れが酷くてどうにもいかん」
 やっぱりそう簡単には、狸は化かせない。