俺のオトンがこんなにハゲてるわけがない

boredoms2010-11-17

ついにiPhoneに機種変更しました!嬉っ!
前の携帯は三年前のものでしたのでかなりの携帯力アップです。
まぁ見事に使いきれてませんしメールの打ち方も当然タッチ操作なのでまだ慣れません、んで画質が感動的に綺麗です、ちびります。
Tibiluyo!! iPhone
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獣王伝 雷血


「吾妻先輩!」
 雨の匂いがする六月らしいどんよりとした空の元、下校途中の俺を呼び止める声が聞こえた。
 若い女性の声だったので、淡い期待が胸に灯る。俺は軽く前髪をいじったりなんかして、はやる想いを抑えつつゆっくりと声のした方へと振り返る。
「先輩! 私、あなたが好きです!」 
 突然、告白を受けた。
 生まれて初めてだった。


第二章 第一話『戌の刻』


 声の主は、俺の通う高校指定の制服を着ており、いかにも恥ずかしそうにもじもじとして、胸元にこれまた高校指定の鞄を固く抱きしめている。その鞄にはバッチが付いていて、色は水色だ。それは一年生の配色であり、赤色が三年生で、緑色が我ら二年生のものだ。
「私の名前は犬束 千晶(いぬつか ちあき)と申します!」
 確かにバッチには『犬束』と刻まれている。
 フローラルだかなんだか、恐らくその類いのやわらかで安らかな香りが犬束さんから流れてきて、梅雨である事をつい忘れしまいそうになる。実にいい香りだ。
「入学式の時に先輩を見て、一目惚れして……」
 黒目がちのつぶらな瞳が、俺をちらちらと見ている。
 犬束さんの身長は一般的な女性の身長のそれだ。ざっと百五十センチくらいだろうか。
「いつ話しかけようかと思っていたんです……」
 しっとりと湿った小さな鼻先がぴくぴくと動き、彼女の全身を覆う透き通るような純白の毛並みが風に吹かれた。 
「私、やっと気持ちを伝えることができました」 
 にんまりと微笑んだ彼女の口元からは大変立派な犬歯がのぞき、スカートからは可愛らしいシッポがはみ出していて、それがぱたぱたと左右に振られている。
 それら犬束さんの外見から得られる情報を総合してみると、明らかに人間ではない。
 ちゃんと二足歩行で立ち、俺が理解できる言語を話す人間サイズの『犬』だ。そして品種は『マルチーズ』だろうと思う。
 そこから導き出された答え。
「あんた、干支者(えとのもの)だよな」
 と、こうなった。
「ま!?」
 犬束さんは抱きしめていた鞄をぼとりと落とした。なんとも分かりやすい反応ですごく助かる。
「わ、わ、わ、私は犬束ですよ、人間です、あなたの後輩ですよ、さぁ結婚しましょう」
「無理無理無理! ものすっごくマルチーズじゃないかあんた!」
 そこで犬束さんは地面でぐったりとしている鞄から手鏡を取り出すと、自分の姿を確認して、手鏡を落とした。
「……私とした事が、告白をする事に集中しすぎて人間に変化することを忘れていました。これでは作戦が台無しです、どうしましょうか?」
「それは俺に聞かれても困るよ。まさかとは思うけど、後輩キャラにメロメロになって油断したところを襲うとかいう類いの作戦だったのか?」
「近いですけど、少し違います。あなたと結婚して多額の保険金をかけた後に毎日の食事にトリカブトを少しずつ入れていって殺害するつもりでした」
「長丁場! 失敗して俺は何よりだ! で、この状況どうするつもりなんだ? それとな、器の小さな男と思われたくないから黙っているつもりだったけど、生まれて初めて告白された相手がマルチーズという俺の経歴をどう責任取ってくれるんだ」
 すると犬束さんはぶくぶくと太った灰色の雲をしばらく見上げて、再び俺に目線を合わせた。
「子供は、二人がいいな」
「急に何!? なんでそうなったの!? 話し聞いてないよね君!」
「お〜〜い、モルヒネ軍八郎ぅ〜ゲラッゲゲゲ」
 突然、地面の方から奇妙な声がした。
 俺の本来の『一豊(かずとよ)』という名前を『モルヒネ軍八郎(ぐんぱちろう)』という最低なネーミングセンスで呼びつけて、化け物のような笑い方をする人物は俺の知る限りではルイチしかいない。ただ、ルイチの身長は約百二十センチほどとしても地面の方から声がするのは何事だろうか、ほふく前進でもしていない限り聞こえてこない位置からの声だった。
 そんな事を考えながら、地面に視線を移す。
 アスファルトで黒々とした地面に、首から上だけをひょっこりと出したルイチが足元でニタついていた。それはまるで生首が道ばたに置かれているような状態になっており、非常にヘビーな現場だ。
「薄気味悪い登場するんじゃない!」
 俺はおもわずオクターブが二つほど上がったハイキーな声で叱咤した。
 一方の犬束さんも相当にビックリしたらしく、犬本来のいかにも獣らしい鳴き声でルイチに吠えまくっている。
 ニタニタとした顔の生首にビックサイズのマルチーズが吠えまくるという、なんともエキセントリックな場面ができあがってしまった。一般人がこの道を通らない事を願うばかりだ。
「うげー! これはまたでかい犬じゃな。ほれほれ、怖くない。怖くない。ほらね、怖くない……」
 ルイチは『風の谷のナウシカ』にあるワンシーンの真似をして吠えまくる犬束さんに手を噛まそうとしている。けれども完全に無視をされて吠え続けられている。しばらくしてルイチは遠い目をして「今日の金曜ロードショーナウシカなのに」とぶつくさ言って哀愁まじりの溜息を吐いた。
 それはそうと不思議な事に、ルイチの周りの地面がまるで水面のように波打っていることに気付いた。
「ルイチ、これはお前の術なのか?」
「そうじゃ、『土竜(もぐら)』というベタなネーミングの術でな、そこに霊脈が通ってさえおれば地面に潜る事ができる便利な術じゃ。ただ潜れるのは術者だけで、誰かを連れて潜ることはできん。そして何より、これは超高等術である!」
 ルイチは眩しいばかりのどや顔をしてみせた、でも未だに生首状態のままなのでまったく様になっていない。
 俺は試しにルイチの周りにある波打つ地面に恐る恐る触ってみることにした。見た目の印象とは違い、普通の地面と何も変わらない固い感触でしかなかった、確かに術者以外は潜れそうにない。
 生首ルイチにとりあえず納得した俺は、未だに吠え続けている犬束さんを落ち着かせる必要があった。ここら一帯は左右に一般住宅がずらりと並ぶ路地になっている、さすがにこのままでは近所の住人が様子を見に来るかもしれない。
「安心しろ犬束さん、この生首は俺の家族なんだよ」 
「ガウン! ビュオン! ブァルン! え!? あ! 家族って、あ、そうなのですか……すみません私、私てっきり妖怪の類いかと思ってビックリしてしまって」
 お前もその類いだろう、という言葉をなんとか飲み込んだ。
「気にする事はないぞ、犬に吠えられた程度で動じるわしではないわ。それよりもお主は日本語が上手な犬じゃな、ウエンツ瑛士と名付けようか」
「やめてあげろ。でルイチ、おまえは何の用事でここまできたんだ? 暇なのか?」
「なんじゃその言い草は、ベッド下のエロ本全部燃やすぞ? このわしがわざわざ傘を持ってきてやったのじゃ。ママ殿が持って行くと言うておったが、今日はママさんバレーがあるから代わりにわしが来てやったのだ」
 なぜベッド下に隠してあるエロ本をルイチが知っているのかという事は後で問いただすとして、傘は素直に助かった。
「そうだったのか、ありがとうルイチ」
「うんむ」
 ルイチは地面に潜っていた右腕を出して俺に傘を一本手渡してくれた。
「一本だけ持ってきたのか? お前の分の傘は?」
「わしはこのまま土竜で帰るから傘は不要じゃ。今日は沙織ちゃんの家でトバルナンバーワンを全クリする約束をしておるからな、んじゃお先に」
 沙織ちゃんとは家の近所に住んでる小学校四年生の女の子で、つい最近友達になったそうだ。
 そしてもうルイチは地面に潜って、すでにここから居なくなっていた。
 ルイチが居なくなってすぐに、ついに雨が降り始めた。
 俺は受け取った傘を差し、犬束さんは落とした鞄を拾い上げてそれを傘代わりとして頭の上に持ち上げている。
「雨が降ってきたので今日はもう帰りますけど、また必ず来ますからね」
「できれば二度と来ないで下さい。ところでお前、傘持ってないのか?」
「え? あ、持ってないですけど、大丈夫です、水も滴るなんとやらですよ」
「……そうか。それじゃ」
 別れる頃、雨は本降りになっていた。


 家に帰ると、ジイさんが玄関先で煙草を吸っていた。家族に配慮して外で煙草を吸うのがこの人の中でのルールだそうだ。
「ただいま、ジイさん」
「おう、おかえ……っておいおい、なんだおまえずぶ濡れじゃないか。ルイチ殿から傘を受け取らなかったのか?」
「子供の頃から、となりのトトロの勘太に憧れてたんだ」
「何? 今日の金曜ロードショーナウシカだろうに? タオル持って来てやるから上着脱いでなさい、風邪引いても知らんぞ」
 ジイさんはまだ吸いかけの煙草を携帯灰皿に押し込んで、タオルを取りに家に入って行った。
 俺は制服の上着を脱ぎながら、くしゃみを三回した。

 
 つづく