EDテーマは、さよならメモリーズ

boredoms2010-09-06

すっかり夜が過ごしやすい温度になってきた、けどやっぱりまだ暑い。
それよりも、あともう少しでけいおんが最終回を迎える、それが心底寂しい。
四人とも同じ大学に行けてよかったよかった、最後の憂ちゃんが伏せて泣いてるシーンが泣けるでやんす。
あの四人はきっと無事に卒業をするけれど、果たして僕も含めたけいおん厨の人達は、ちゃんとけいおんから卒業できるのだろうか、それが最近心配でならない。
放課後ティータイムは、永遠に、放課後です。
おねえええええええええちゃあああああああああん!




獣王伝 雷血
第一章 最終話


 ルイチの眠りは、かなり深いものだった。
 呼びかけようが、ほぺったをつねろうが、気持ち良さそうに寝息を立てるばかりで、一切として起きる気配がなかった。
 仕方がないので、ルイチを背負って帰ることにした。
 河川敷を上がって、家の方へと足を向ける。桜の花びらがびっしりと敷き詰められた道は、いつもの通学路だった。帰って来れたんだ、そんな事を今さらながらに考えた。
 一筋の雲もない、今はもうすっかり暗くなった空に、見事に半分だけ輝く月と幾つかの星がちらついている。なんてことはないそんな風景が、今はひどく愛おしく思えた。
「ふっふふ、オムライス」
 ぼんやりとした眠たそうな口調で、ルイチが急に呟いた。
「なんだ、起きたのか? まだ眠いんだろ? もう少しで着くから、寝てていいぞ」
「オムライスみたいじゃな、あの月」
 まどろみの中を彷徨っているかのような、うとうととした口調だった。
 確かに、半月とオムライスは似ている様にも思える。でも、やはり無理があると思った。半月からオムライスを連想するほど、俺はオムライスを愛してはいない。
「なぁ一豊、今日のご飯はなんじゃろうな?」
「なんだろうな、まぁ母さんのことだ、どうせお前の好きな物ばっかりで食卓が埋まってるよ」
 というのも、母さんはルイチの事がものすごく好きなのだ。ルイチが家に来てからというもの、俺やジイさんの好物が食卓に並ぶことはなくなった。
 今ルイチが着ている服だって、母さんのフルコーディネートだ。薄い灰色のTシャツに、裾口がふんわりと広がったギンガムチェック柄のバルーンワンピースを重ね着し、その上からさらにベイビーピンクの色をしたパーカーを羽織り、下には裾に花模様のレースをあしらった七部丈でボーダー柄のスパッツを穿き、足元はアンクルストラップのサンダルを履いて、バッチリと決まっている。
 母さんはこのルイチの服を買って来た時に、ついでに俺の分のTシャツも一枚だけ買ってきてくれた。けれどもそれは、胸元にでかでかと『豚三昧』とプリントされた果てしなくダサイ代物だった。家で着るのも気が引けて、まだ一度も着たことがないし、今後も着ることはないだろう。不平等にもほどがある、そう思ったものだ。
「じゃあじゃあ、オムライスはあるか?」
「またかよ……もちろんあるだろうさ、お前の一番の好物なんだから」
 ルイチはオムライスが大好物だった。愛していると言っても、過言ではないほどだ。吾妻の家に初めて来た時に食べたオムライスがあまりに美味かったらしく、それ以来、ルイチは母さんの作るオムライスの虜になったらしい。ちなみにこの一週間、朝も昼も夜も全てのメニューがオムライスだった、それは当然ルイチのリクエストに母さんが答えた結果だ。昨日なんて、さすがのジイさんも泣きながら黙々と食べていた。
「いっやほい! もずくはあるかの?」
「あるんじゃないかな」
「じゃあ、するめは!?」
「あるある」
「じゃあじゃあ、レンコンチップスは!?」
 言いながら段々と興奮してきたのか、ルイチの鼻息が俺の後ろ首にかかって少しくすぐったい。
「はいはい、あるある! 母さんがお前の好物を外すかよ。なんでかは知らないけど、母さんはお前の好物を察知する特殊能力があるみたいだからな」
「じゃあ、わしが家に帰らんかったら、ママ殿に悪いことをしてしまうのだな」
「え? どういう事だよ」
「さようなら、達者でな」
 そこで、思わず立ち止まってしまった。
 さようならと言った事に疑問を感じて、足を止めたのは確かなのだけれど、それよりもずっと気になったのは、背負っていたはずのルイチの重みが急に無くなったからだった。
 背中に目線を向けてみると、やはりルイチがいない。どこかで落っことしたのかと思って、来た道を目線で探ってみても、ルイチの姿は見当たらなかった。きょろきょろと首を右往左往していると、どこからともなく一枚の紙がひらひらと地面に舞い降りた。
 よく見ると、それは田護崎商店街にある肉屋「おにくの武田」のチラシだった。今日は先着二十名様のみ、コロッケが十個で百二十円という店の経営が心配になるようなセールをやっているようだ。
 俺はそのチラシを拾い上げた、かといってセールが気になったわけではない。おにくの武田の頑張りを打ち消すかのように、ルイチの字で『裏を読め!』と赤鉛筆で大きく書かれていたからだった。
 文字が指示する通り、俺はチラシを裏返してみた。そこにはこう書かれていた。
『実家に帰らせていただきます。ぶしつけながら、私の正体は超銀河系美少女アイドルなのです、要は宇宙人なのです。月の裏側に帰らなければいけません。色々と忙しいので、探さないでください。吾妻の家で過ごしたわずかな時間が、今のわしにとっての宝じゃ。本当にありがとう。また、逢う日まで』
 ルイチらしい、無茶苦茶な文章だ。嘘だと、すぐにわかる内容である。
 でもきっと、最後の部分だけは本当の気持ちなのだろうと思う。
 この一週間、ルイチはずっと笑顔で過ごしていた。楽しそうだった。
 だからこそ、これ以上一緒に過ごせば、別れるのが辛くなる。そう考えたのかもしれない。
 不老不死であるルイチは、想像もできないほどの別れを経験してきたに違いない。俺がいくら背伸びをしても、理解のできないほどの別れだ。
 家族や友人、それにあまり想像はできないけれど恋人もいたのかもしれない。当然ながら、その人達はもうこの世には存在しない、ただ歳を取らずに昔のままの姿のルイチが、ただ一人、今も生きている。
 白虎の世界でルイチの記憶ビデオを見た時から、なんとなく察していた。ルイチはもう、吾妻の家には帰って来ないんじゃないかと。
 ルイチと一緒に家に帰る。そう、決めていたのに。
「急に家に来て、急にいなくなるなんて、なんだよあいつ……」
 ルイチがオムライスに似ていると言った半分の月を見上げて、俺は深い溜息を吐き出した。胸でのた打ち回る空しさを吐き出すような、そんな溜息だった。
「……やっぱり、オムライスには見えないよ」
 それからまた、俺は家の方へと歩きだす。
「ルイチ。いつか必ず、帰ってこいよな」
 軽くなった背中に、まだ肌寒い五月の風が通り抜けていった。



 家に帰ると、誰も出迎えに来てくれなかった。
 いつもなら母さんかジイさんが出迎えてくれる。しかも今日は戦いに出掛けて帰ってきたというのに、誰も来てくれない。なかなか肝の据わった家族だと、少し心の中で皮肉ってみた。そういえばこの一週間の間は、ルイチが出迎えてくれていたんだ、なんてことも考えながら靴を脱ぐ。
 とりあえず帰って来た事を知らせようと思い、家族が待つであろう居間に続く廊下をとぼとぼと歩いて行く。するとなにやら居間が賑やかなのがわかった。
 最近ジイサンは四聖OB会の会長になったせいで、頻繁にこの家で会議が行われるようになった。なのできっと今日もその集まりなのだろうと思い、あいさつでもしようと居間の襖を静かに開けた。すると待ってましたとばかりに聞き慣れない声がした。
「いつまで待たせるんだよテメェ!」
 耳を劈くような、まるでニワトリが朝を告げるような、そんなとても大きな声だった。それに実際その声を出したのは、ニワトリだった。
 驚いてしまって、俺は止まった。
 喋るニワトリになんてもう今さら驚かない、俺が驚いたのは、そこにルイチがいたからだった。
「ル、ルイ……」
 なかなかうまく声が出ない。
 頭に喋るニワトリを乗せて、オムライスにがっつき、両方のほっぺたをリスの様に膨らませたルイチが俺を見上げた。
「おふぉかったふぁかぶふぉよ」
 口にオムライスが入っているので、まったく何を言っているのかわからない。
「ルーちゃん! 食べながらお喋りしちゃ駄目! デザートのプリンお預けにしますよ!」
 と叱咤したのは母さんだった。いつもは寝ているのか起きているのかわからないぐらいにふわふわとしている人なのだが、こういう躾に関してはかなり厳しいのが吾妻ころもという人なのだ。ただ甘いだけじゃない、そういう所に、ルイチへの愛が伺える。ただ、「ルーちゃん」という呼び方はどうかと思う。
 どうやらルイチは反省をしたようで、黙々と口の中のオムライスを噛んでいる。
「ほっほほ、だったら私のプリンをあげましょうなルイチ様」
 そう甘やかしたのはジイさんだった。この人は、ルイチに滅法甘い。
「お父様!」
「……はい」
 ジイさんはそう言って、また黙ってオムライスを食べ始めた。
「おいおいおい小僧、喋る鳥がいるってのにノーリアクションとはどういう風の吹き回しだ? なぁ、からんでくれよ、さみしいじゃねえかよ、な?」
 もうなんだかぐちゃぐちゃで、何から処理していこうかと考えた。ルイチは口の中にある大量のオムライスに夢中だ、なのでとりあえずニワトリから処理することにした。
「で、あんたはどういう生き物なんだ?」
「聞かれちゃ仕方がねえ、それじゃあ耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ小僧。俺の名は『朱雀(すざく)』、偉大なる四聖の一人だ!」
「何!? ただのニワトリじゃないか! 朱雀っていったらこう、なんというか、もっと荘厳な……」
「今のこの姿には色々と理由があるんだよ、ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ。それよりテメェ、この朱雀はニワトリじゃねえ……軍鶏だ! かっこいいだろう!」
「結局ニワトリじゃねえか! しかも軍鶏って言い切ったけど、朱雀だろ……大丈夫なのかよ四聖……」
「心配するでない一豊、今はこんなチンチクリンでも朱雀はめちゃくちゃ強いんじゃぞ」
 ルイチはそう言いながら、頭に載っている朱雀をなで回した。ようやく口に入っていたオムライスを食べきったようだ。
「ルイチ様のおっしゃる通りだぞ、昔は私も朱雀にはずいぶんと世話になったもんだな」
 ジイさんがそう言うのなら、信じてもいいのかもしれないと思った。とはいえ、完全に不信感が消えてたかといえば、そうでもない。
「それはそうと一豊や……ふふ、ぷっぷぷ」
「な、なんだよ気持ち悪いな、元からだけどさ」
 するとルイチはいつものだらしない猫背をしゃんと伸ばし、表情を固くして言った。 
「ルイチ。いつか必ず、帰ってこいよな」
 ルイチの引き締まった真剣な表情と、その言葉に、はっとした。 
「げ!? まさか、ルイチ、聞いてたのか……?」
「……コケッ……ココッ」
 ニワトリ丸出しの今の声は、もちろん朱雀のものだ。どうやらあれで笑っているらしく、なおかつ爆笑のようで、笑いすぎて白目をむいている。なんなのだろうか、あの薄気味悪い生き物は。
「ぷっ」
 ケチャップだらけのルイチの口元が、ふるふると震えて今にも吹き出しそうになるのを耐えているのが見てとれた。
「いや、あれはだな、別に……その……」
「ルイ、くくっく、チッ。いつ、か、くっくく、必ず、帰ってこぶっふうううー!」
 我慢の限界とばかりに、ついにルイチは吹き出した。その時にルイチの口から飛び出した五、六粒の米粒が見事にジイさんのかけている老眼鏡にくっついたが、今は気にする事でもない。
 妙にかっこつけた台詞を聞かれていたことがわかって、やはりまだ思春期である俺の顔は真っ赤になっていた。
「なんて悪趣味な奴だ……もういい! 着替えてきゅる!」
 最後の部分を思いっきり噛んでしまった。動揺しているのが自分でもよくわかる、今はこの場から早く離れたい一心だったのだ。
 居間の襖をぴしゃりと閉めて、自分の部屋へと足を進めようとした。
 その時だった。
「ふふふっ……嬉しかったぞ、一豊」
 襖の向こうから聞こえたその言葉に、進みかけた足を電撃的に後退させた俺は、もう一度居間に顔を出して、ルイチに問いかける。
「今、なんか言ったか?」
 ルイチは確かに「嬉しかった」そう言ったのだ。本当は聞こえていたけれど、もう一度だけ俺はその言葉が聞きたかった。悪趣味は俺も同じだ。
「あばばばばばば、き、聞こえておったのか、悪趣味な奴じゃ……」
 ルイチはぷいっと俺から視線を外し、ふくれっ面でオムライスへと視線を落とした。
 本当に気難しい性格だ、そう思いながら、俺はぽりぽりと顔をかきながら次の言葉を探していた。
 でもなかなか気の利いた言葉を探せないでいた。
 そんな俺を見て、少しだけ微笑んでルイチが言った。
「いつまで突っ立ておるのだ、早く座らんか。じゃがその前にな、家に帰ってきたんじゃ、何か言い忘れておる言葉があるとは思わんか」
「そうか、そうだったな」
 そういえば、まだ言ってなかった言葉があった。
 ルイチにとって、そして俺にとっても、きっと大きな意味のある、大切な、平凡な言葉だ。
「ただいま、ルイチ」
――なぁ、白虎。
「うんむ! おかえり、一豊!」
 今の言葉が、届いただろうか。
 今のルイチの顔が、見えているだろうか。
 なぁ、白虎。
 お前が、ずっと見たかった。
 とびっきりの笑顔だ。


第一章 最終話『ただいま』  終