姫様 笑うとる……

boredoms2010-07-22

借りぐらしのアリエッティを、公開日当日に男三人(他のお客は、カップルか家族連れでした、わふー)で見に行きましたが……面白かったと思います!
生意気な事を言うと、期待はしていなかったのですが、すごく良かった。
小人の世界をうまく表現していたり、音響の表現が良かったりしましたが、個人的にはそんなことよりも、アリエッティが抱える問題と、病弱な青年が抱える問題とが重なって、ぐっと来ました。
心臓の病で、そう長くはないんだ。と、青年が語った後のかくかくしかじかの頑張りっぷりに、僕は勝手に想像を膨らませてしまい、この青年は生きた証を、爪痕を残そうとしているんだ!と想像したら、じわっとした。
何度読み返しても意味不明な感想になってしまった、ただ、面白かったという事が言いたいだけなんです。
スタジオジブリは、やっぱり良い。



獣王伝 雷血
十八話『帰り支度』


「帰りは私が送りましょう、バスはすでに終電が出てしまった」
 まだ五時半をまわった頃だというのに、もう終電が出たそうだ。確かに、こんな辺鄙な山奥だ、バスが早い時間に終電を向かえたとしても、誰も文句は言うまい。
 ネズミ男爵の提案は、こちらとしては助かるものだった。
 もちろん、白虎の力を宿した今の自分ならば、ルイチを肩車に乗せ、走って帰る事は案外と容易な事だ。しかしながら、今の俺の体は、筋肉痛のようなギシギシとした酷い痛みが、体中を残りなく走っていて、疲労感も相当なものだ。
 白虎の力を頭では理解していても、体にかかる負担が軽いわけではない、突然に未体験の力で行動した事により、体が悲鳴を上げているのだろうと思う。体をもう少し鍛える事と、白虎の力に慣れる事が、今後の課題と思われる。
「準備に少し時間がかかりますので、座って待っていて下さい」
 言って、ネズミ男爵は腹に空気を溜め込むように、ゆっくりと息を吸い込み始めた。
 ところで、今はこうして気さくに話しているネズミ男爵だが、たった五分前までは、まるで違う姿をしていた。
 俺が殴りつけた前歯の根本からは血が吹き飛び、突き破った壁の残骸の一つが背中に奥深く刺さり、影腹を切っていた腹からは臓物がぞろりとはみ出していた、「凄惨」という言葉をそっくりそのまま表現したかのような状態だったのだ。
 もう、ブラック・ジャック先生でも駆けつけない限り、救えないであろう瀕死状態のネズミ男爵を蘇えらせたのは、他でもないルイチだった。
 ルイチは、ネズミ男爵に駆け寄り、まるで聖母のような優しさでネズミ男爵の手を取り、祈るように、慈しむように目を瞑って治癒術に意識を集中させる。
 のだと、思っていた。
 今のはあくまで、俺が思い描く「治癒術」のイメージを想像したにすぎない。現実の治癒術とは、そんなに美しいものではなかった。
 実際にルイチが行った治癒術とは、以下の通りだ。
 ネズミ男爵に駆け寄り、素早く耳元にしゃがみ込むと、ネズミ男爵に向かって、何やらひそひそと囁きだしたのだった。
 その囁きの内容は、歌である。
 ルイチは歌を唄ったのだった、「あたし中卒やからね……仕事をもらわれへんのやと書いた」と、確かにそう聞こえた。
 唄っているその歌は……中島みゆきの「ファイト!」だった。
 なんて選曲!
 呆然と見つめる俺を置いてけぼりにして、歌はどんどん進んでいった。
 ルイチの声量は徐々に大きくなり、ついにはネズミ男爵の小さな耳を、マイク代わりと言わんばかりに握りしめて、ルイチは恍惚の表情へと変化していった。
 そんなルイチとは正反対に、ネズミ男爵からは終始、苦しそうな唸り声が漏れていた。当然、傷の痛みで唸っていたのだろうけど、でも、違ったのかもしれない。そう思う、理由。それは、ルイチの歌声が、驚天動地、震天動地、情け容赦なく、えげつなく、恐ろしく、音痴だからだ。
 唄い始めてからというもの、さっきまではいなかったはずのカラス達が合唱を始め、風は止み、聞いたことのないような獣の声が遠くから聞こえたりして、山全体がザワついているようにさえ思えた。
 そして、いよいよ歌がサビに入る、その瞬間! ルイチのテンションは頂点に達し、天を衝く勢いで立ち上がった、と同時に、握ったままにされたマイク代わりの耳はひっぱり上げられて、ネズミ男爵からは悲鳴交じりの唸り声が漏れた。
 夕日が最高潮の空を振り仰いで、ルイチはとうとう歌い上げたのだった。
 ところで、肝心な傷の回復がどうなったかというと、唄い始めてから数秒して、はみ出した臓物がまるで意志を持ったかのように、ネズミ男爵の腹へと自ずと収まっていく様子を見て、これは何か見てはいけないモノを見たのだ。と、自己完結をして、それからはずっと花壇を眺めていた。ヌルヌル動く臓物を直視できない、根性なしの主人公を、笑うがいいさ。
「お待たせしました、準備ができましたぞ、さぁ私にしがみ付いて下さいませ」
 ネズミ男爵がそう言うので、そちらに視線を向かわせる。
 二階建ての家よりも、少し大きいぐらいの大きさに膨れ上がったネズミ男爵が、そこにいた。
「ネズミがでかい!」
 と、率直すぎる事を言ってしまった。
「なんだよ、その身体……」
 ネズミ男爵は、まるでトトロのように丸々と大きく膨らんでいた、空気をいっぱいに吸い込んでいた理由は、この姿になる為だったのだ。
「一豊や、おまえも早くしがみ付かんか! あまりレディーを待たすものではないぞ」
 ルイチは、早々にネズミ男爵の胸の辺りにしがみ付いていた。ネズミ男爵は、ルイチが落っこちない様に、そっと手を回して支えている。なんとも良い奴だ。
「わ、わかったよ、よくわからないけど、しがみ付けばいいんだろう」
 言って、俺もネズミ男爵の、ルイチがしがみ付いてもまだ余りある胸の辺りにへとしがみ付く。
「毛を握って大丈夫なのか? 痛くないのか? 抜けないのか?」
「大丈夫ですとも、ちょっとやそっとじゃ私の毛は抜けませんから、痛みもさほどありませんし」
「そうか、で、こっからどうなるんだ?」
 突然、ネズミ男爵の髭がピンっと起き上がって、空を指した。
「飛ぶのですよ」
「飛ぶ……って、飛べるのかあんた?」
「実は、飛べるんですよ私」
「ほぉぉぉ、やるではないかネズちゃん。ネズミだけに、宙(チュー)に浮くとは、な!」
「……っ」
 つ、つまらん! 非常につまらん!
「がっはははっはっがっははは!!」
 ネズミ男爵の大爆笑が、大気を揺らした。どこにそんなにツボったのか、不思議で仕方がない。
「ゲッラゲラゲラゲラゲゲッゲゲ!!」
 この、まるで妖怪のような笑い声は、ルイチのものだ。
 改めて、薄気味悪い連中だ、そう思った。