先生ー!先っ生ー!黒犬獣先生ぇー!

boredoms2010-07-04

仕事が忙しすぎて、右目のまぶたがたまに痙攣します。
あとは、これといって書くことが無い。
あえて言うなら、今さら、ニコニコ動画のユーザー登録をしたことぐらいです。
もう、見まっくりですニコニコ動画
あと、漫画家・黒犬獣先生が大好き!


獣王伝 雷血
第十七話『決着』


 制服が、芝生やら土でけっこう汚れていたので、それを払いながら立ち上がってみる、本当に傷はすっかり治っていて、ルイチの力に改めて感心する。
 治癒の礼を言おうと、ルイチの方に視線を落とすと、何やら様子が変だ。
「猫姉が、わしのことを大好き……そうか、わしのこと……」
 ズレたシルクハットを被り直して、つばのはしっこをぎゅっと握りしめながら、はにかんだ顔でぶつぶつと独り言のようにルイチは呟いている。
「おい、どうした? あと、そのシルクハット、ネズミ男爵の物なんだからあんまり強く握ってやるなよ、後で返すんだからな」
「わしのことを、猫姉が……」
 ルイチはどこを見るわけでもなく、夕日が広がり始めた空にぼんやりと視線を向かわせている。
 まったく俺の言葉は届いていない様子だ。
 そこで、なんとなく、ルイチの興奮気味にヒクヒクしている鼻をつまんでみることにした。
「ばじのごど、ねごねでぇばだびずき……」
 驚いた事に、鼻をつまんだせいで黒柳徹子のような声になりながらも独り言は止まなかった。これはさすがに我に返ってくれると思ったけれど、俺の考えが甘かったようだ。
 次に俺は、芝生をむしり取って、細く丸めた。それを二本作って、ルイチの二つの鼻腔に差し込んだ。
「ぬぬぬ?」
 まだ、自分の世界に浸ったままの状態で、ルイチは俺の方をぼんやりと見る。
「はっ! すっかりトんでおった」
 やっと我に返ったらしい。
「それはそうと、なぜわしの鼻から草が生え……うむ、さすがわしじゃな」
 納得しちゃった! さすがって何!?
 芝生を差し込んだ犯人を探すどころか、自分から芝生が生えたと解釈をして、尚且つ得意気な態度とは、やはりルイチは、器の大きなアホな人なんだ。
 ふん、とルイチは気張って鼻を鳴らし、鼻から出ている芝生を勢いよく取り除いた。
 しかし、力みすぎて鼻水も勢いよく、かつ大量に噴射され、俺のズボンへと到達した。ズボンはしっとりと、そして艶やかに濡れていった。
 俺のちょっとしたイタズラ心で招いた結果が、この茶番のような悲劇だ、因果応報という言葉の意味をじっくりと噛み締めた。
 ルイチは、ニタニタと笑いながら「まるで日本列島のようじゃ」と俺の鼻水まみれのズボンを指差して言った、すぐにでも黙ってほしい。
 ズジュルルルという音と共に、まるで生き物のようにのた打ち回った鼻水は、ルイチへと無事に帰還を果たした、なんとも気色が悪いヒロインだ。 
「……わしな、てっきり猫姉に嫌われておるものとばかり思っておった、ずっと表に出てこんし、だから、だから……」
「心配ないさ、表の世界に出てこないのは、おまえを全力で守りたいからさ、白虎はおまえのことが本当に大好きなんだ」
「……ぷっひひひ」
 ルイチは珍妙な笑い声を発しながら、鼻の下を伸ばしてまたニヤけだした、相当に嬉しいようだ。
 あと一歩で、漫画家・武田弘光氏が描いたかのようなアヘ顔になりそうなので、もうその辺でやめておいた方がいいのではないか、そう個人的には思った。が、そのまま放置することにした。
 今はそれよりも、さっきからこちらの様子を笑顔で見守ってくれているネズミ男爵の方が、気になってしょうがなかった。
「待たせてしまって悪いな、ネズミ男爵」
「一向にかまわんよ、見ていて微笑ましい限りです。ところで、傷は本当にもう大丈夫なのですか?」
「お蔭様で、すっかり治ったよ」
「それはよかった、それでは……戦いの続きと行きましょう」
 さっきまでの、柔らかな笑顔は消えている。鮮血のように鮮やかな赤い、こめかみまで切れ上がった目が、俺を見定めていた。
 ルイチとの談笑を楽しんでいた時のような、リラックス状態でのずんぐりむっくりとした体つきから一変、異常に発達した全身の筋肉が、隆々と猛っている。
 切断できない物のほうが少なそうな前歯と、さきほど、俺の腹を突き刺した、赤い色をした長さ三十センチほどの爪が、やはり変わらずぶら下がっている。
 四つ這いになって、遥か異形の存在となったネズミ男爵が、俺を睨む。
 そこで、少しだけ考えた。
 気絶する前までは、目の前にいる非日常的かつ非現実的な存在に、恐怖を感じていた。でも今は違って、恐怖を感じなかった。
 その理由としては、白虎の力が覚醒した事によって、ネズミ男爵との力量の差が縮まった事が上げられる、が、決してそれだけが理由ではない。それよりも、今、俺を突き動かすものは、『家に帰る』という、ただ一つの意志に他ならない。   
 俺は、家に帰る。
 ルイチを連れて、家に帰る。
 戦う理由なんて、きっと、それだけで十分だ。
 そして俺は、ゆっくりと構えに入る。
「西守・白虎、現当主雷血、吾妻一豊だ」
 左片方の口角をうっすら上げって、ニヤリとほくそ笑んだ四つ這えの生き物が、その名乗りに答える。
「干支者・子の刻、ネズミ男爵」
「一つだけ言っておくよ。あんたに影腹のハンデがあろうと、俺は遠慮なく、全力で、あんたを殴り飛ばそうと思ってる」
「あぁ……それだ、その目だ! 私はその目が見たかった! 私も一つだけ言っておく、私は今からとっておき、言わば必殺技を、君に仕掛けようと思う、その一発で、この戦いを終わるつもりなのだよ」
「奇遇だな、俺も今から、必殺技ってやつをあんたに仕掛けるつもりだ」
 不思議な事に、気絶から目覚めた時には、俺は白虎の力の全てを理解していた。
 どれだけの力が出せて、どれくらいのダメージに対応できるのか、現在のネズミ男爵と、俺との距離は約二十メートル、その距離を二歩で、あっと言う間に縮めることができる事や、どんな技を繰り出すことができるのか。
 白虎の力を属性で表せば『雷(いかずち)』となり、雷を利用した様々な技が存在するようだ、その中から俺は、一つの技を選択する。 
「では……いぃぃぃざ! 尋常にいいい!」
 冷静で、ダンディな面持ちが持ち味のネズミ男爵が、今は闘争本能を丸出しにして、嬉々とした表情で声を荒げた。
 俺も、それに答える。
「勝負だ!」
 お互いが重心を深く沈め、そしてほぼ同時に、跳ねた。
 速い。
 あっと言う間に、距離は縮んだ。
 ネズミ男爵の必殺技とは、全身の異常筋肉から生み出された推進力をそのままに、ご自慢の前歯を前に突き出して突っ込んでくる特攻だった、風を切り裂く音が耳を付く。
 対する俺は、固く握り締めた右拳一点に、生み出すことが出来る全ての雷を集中させるイメージを巡らせる、すると右拳を巨大なエネルギーの雷が帯びて、青白い輝きを放つ。
 俺を殺そうとするネズミ男爵の意志を、今、俺は超えてみせる。
 全身全霊の想いと力を込めて放たれた拳は、ネズミ男爵の前歯へと接触。わずかに残る冷静な部分で、俺の拳が切り裂かれるのでは、などと思ったが、大部分を占める激情が、その不安を忘れさせた。
 前歯は雷により、その切っ先から次々と分解、消滅して、拳はネズミ男爵の顔面へと迫った。
――さぁ、行こうぜ白虎
 一の奥義。
「春雷!」
 激烈な拳は、ネズミ男爵の顔面に沈み込み、雷が落ちたかのような轟音が響く。
 ネズミ男爵の推進力はそれにより完全に失われ、逆に後方へと、ワイヤーアクションさながらに吹っ飛んだ。
 吹っ飛ぶその先には、ネミズ男爵の家があり、勢いは一切弱まることなく家へと激突、壁をぶち破って家内へと突っ込み、ネズミ男爵は自身の家財道具やら壁の残骸で埋もれてしまった。
 残骸の山から、右の後ろ肢だけが飛び出している。
「いや……そ、そんなに吹っ飛ぶなんて……」
 白虎の力は全て理解しているつもりだった、しかし、相手に与える衝撃力がここまでとは考えてもみなかった。
「見事じゃぞ一豊! と、それは良しとして……ね、ね、ね、ねずちゃーーーん!」
「ネズミーーー!!」
 俺達は、ネズミ男爵の安否を確認するべく、一心に走った。