日向違い

boredoms2010-06-06

ギーこの休日何もしていない!
ネットサーフィンと寝ることしかしてません!
そいつは、最高に気持ちがいいな…


獣王伝 雷血
第十五話「白虎 其の三」


 俺は、そんな事を聞きたいのではない。
 白虎の場違いな勘違いを正そうと、俺は限界まで見開いた目で訴えかけた。
「……わかってるよ」
 急に、白虎の声が堅くなったのを感じた。
「おまえはきっと天血のあたりに疑問を感じているんだろう? わかってるさ、わかってるけど、馬鹿みたいにふざけていないとさ、なんていうか……駄目なんだよ、悲しくなるじゃないか、こんな映像を見てるとさ」
 コバルトブルーの色をした、宝石のような白虎の瞳は、テレビデオへと向けられていた。
「お嬢様はね、こうして今まで歩いてきたんだよ、ずっと一人でさ」
 その瞳には、明らかに悲しみの色が指していた。
 白虎も本当は、どうしようもなく悲しい想いでいっぱいだったのだろう。
「少し長くなるけど聞いておくれよ……今から千年前、私達四聖が支えとなって、お嬢と共にある一つの強大な力の封印に成功した。その強大な力というのが天血のことさ、天血というのは人間の名前なんだよ、ただ天血は単なる人間ではなく、霊脈を操る一族、霊長類なのさ」
 霊長類といえば、確かルイチも同じ一族だったと記憶している。
 そして、田護崎神社に封印させている『あるもの』とは、恐らくはその天血という人物なのだと、なんとなく悟った。
「天血はね、霊長類史上始まって以来の『神童』と言われた男さ、例えば並みの霊長類からすれば、霊脈から式神を造り出すという事は至難の技なんだよ、人生の半分を費やしても一体できるかどうかというレベルさ、一体でも造れれば赤飯を炊いて一族みんなで祝ったものだ、でも天血は違った、式神を十二体も造り上げたんだ、しかも当時まだ十一歳の少年がだよ、まぁ勘が良ければ気付いてるだろうけど、その十二体こそ、干支者ってわけさ」
 赤飯をいくら炊かないといけないのだろう、そんなつまらないことを考えそうになったが、今はやめておこう。
 そんなことよりも、今、対峙してるのが干支者ということは、その主である天血もまた、俺達の敵ということになるのだろうか。
「それだけじゃない、天血は霊長類で初めて『黄龍』との接触に成功した人物でもあるんだ、黄龍とは中心を司る存在、端的に言えば黄龍はこの世界そのものなんだ、接触の結果、天血は世界を統べるに十分な力と、黄龍の記憶、つまりは世界のあらゆる記憶を垣間見たのさ、実のところ霊脈というのは黄龍の一部分にすぎない、膨大なエネルギーを秘めたあの霊脈でさえ一部分なんだよ、その根源に天血は接触したんだ、その意味がおまえにわかるかい?」
 正直に言ってしまえば、それがどの位すごいことなのか、何を意味するのかも検討がつかない。
 ただわかったことは、そんな強大な力を持った奴がラスボスなのかも知れない、ということだ。これは、かなり不味い。
 なので、目をぱちくりして、それを返答の代わりとした。
「ふふ、まぁなんとなく伝われば十分さ。あとはもう一人だけ、黄龍接触に成功した人物がいるんだ、その人物によって私達四聖は生み出された、と言っても過言ではないね、いわば四聖はその人の式神と言っても間違いではない」
 そんな奴がもう一人いるという情報に、一瞬だけ気が滅入ったが、四聖を式神に持つということは、多分俺達の仲間ということになるわけだから、それは大いに心強いし喜ばしい情報だった。
「その人はね、一族のみんなから一様に愛された、親しみと敬愛を込めて『霊王』と呼ばれていた。霊脈を操る力もさることながら、王たる資質を持っていたのさ。でもその人さ、飽きれるぐらいにおっちょこちょいで、めちゃくちゃ頑固でね、それでいてわがままでさ、実は寂しがり屋で、一緒にいたらいつも楽しいことが起きて、悔しいけどすっごく美人でさ、うんざりするほど優しいんだ、その人の名前は『ルイチ』、そう、我らがお嬢さ」
 その話しを聞いて、数日前から疑問に思っていたことへの合点がついた。
 疑問に思っていたのは、ルイチをどうしてもほっとけない、という気持ちが俺に芽生えていたことだった。
 それはテレビデオの映像を見るもっと前から、そんな考えが生まれていた。ルイチの自信満々なくせにどこか抜けている危うい性格を考慮しても、ほんの一週間しか過ごしていない人間をなぜここまでほっとけない気持ちになっているのか、それが疑問だった。
 四聖はルイチの式神で、ルイチをほっとけないという気持ちはごく自然なものだったのだ。
「ところでさ、話しを少し変えるのと、今さらって感じなんだけど、こんな風に継承者と喋ったのは初めてのケースなんだよ」
 そこで白虎は、小さなため息をついた。
「本当はね、白虎の継承というのはもっと簡単に行われるものなのさ、それをお嬢なんかにまかせるから、こんな風にややこしくなっているんだよ、仁成君がもっとしっかりしていればよかったんだけど、彼もあれでけっこうアホだからね」
 どうやら、千年ババァとジジィに一杯食わされたようだ。
「とはいえ、二人ともお前を騙そうとしたわけじゃない、お前のことを想っていたことには相違ないのさ。でも、見てるぶんには楽しかったよ、それにこうして、実に千年ぶりに声を出して喋れる機会をもらえたわけだしさ、まぁお前はまだ喋れないでいるけどね。私は、継承者に力を与えるだけの存在にすぎない、今までの継承者は私に意思があること自体知らないだろね、仁成君に言ったら驚くと思うよ」
 淡々とそう言った白虎は、毛づくろいをし始めた。
 さっきの話し、つまりは白虎は千年間、こんな何もない世界に一人でいたことになる。
 ルイチはずっと一人だ、そう言って白虎は悲しんでいたが、こいつもずっと一人だったんだ。 
「なぁ一豊、あれをご覧よ」
 白虎が鼻先で示す方向に、視線を従わせる。
 実況が今さらになってしまったが、白虎の話している最中、ずっとビデオテープが降ってきていた。今やその数は、何千本にも及んでいた。
 そして、その中で一箇所だけ、ビデオテープが積み重なって、ちょっとした山ができているところがあった。
「あそこだけすごい数だろう? あれはね、ごく最近の記憶分だよ、今からだいたい一週間前からのものかな。そりゃまぁ最近の記憶なんだから、記憶量が多いのは自然なことなんだけどね、でも決してそれだけが理由じゃない、数が多すぎるんだよ、なぜだかわかるかい?」
 一週間分の記憶の数が、通常どれぐらいなのかはわからないけれど、千年間の記憶分よりも最近の記憶の方が遥かに数が多いことだけは見てとれた、さらに最近の記憶分は今も数を増やしている。
 ここ一週間でルイチがしてきた事といえば、俺に非現実的な修行をやらせたこと以外、これといって特別なことは何もなかったように思う。多分、普通に過ごしてたはずだ。
 普通とはいえ、異常なほどに飯を食っていたし、母さんには金魚の糞みたいにずっとついて回っていた、ジイさんとはこっそり隠れてお酒を一緒に飲んでいたこともあった、つまらないイタズラはするし、ルイチは好き放題していた記憶しかない。
 いつ見ても、楽しいそうにしていた。
 そこまで考えて、はっとした。
「そう、多分それが答えさ」
 コバルトブルーに艶めく白虎の瞳が、嬉しそうに笑っていた。
「お嬢はね、楽しかったのさ。吾妻の家で過ごしたこの一週間が、その一分一秒が、たまらなく楽しかったのさ」