その通り!好きな方を選べ!

boredoms2010-05-16

多元宇宙での場面で、公孫サンイージーエイトのアニキと、カミナのアニキが出てきたら、果たしてどちらを選べばいいのだろうか。
そう考えたら夜も眠れず。



獣王伝 雷血

第十二話「戦い 其のニ」


 ネズミ男爵は、変貌した。
 鈍く煌きを放つ前歯、四指から伸びた赤い爪は、差し詰め四本の刃のようだった。先ほどまでのふっくらしていた身体は、盛り上がった筋肉のせいで、ひと回り大きく見える。切れ上がった真っ赤な眼は、俺に対する怒りの感情を宿していた。
 この姿こそ、ネズミ男爵の本来の姿なのだろう。
「そうじゃ思い出した! 二百年前、四聖からも味方である干支者からも恐れられた、あの『鉄鼠(てっそ)』か!」
 そう叫んだのは、一通りお弁当を食べ終え、満腹になったお腹をさすりながら寝そべるルイチだった。お行儀が悪いのを注意しようと思ったが、こんな緊迫した場面で言えるはずもなく、その想いは胸に止めることにした。
 ネズミ男爵はその昔、『鉄鼠』という異名で呼ばれた。その前歯と爪は鉄をも切り裂き、体は鉄のように硬く、鉄よりも固い意志を持つ者、そこからついた異名が『鉄鼠』なのだという。
 今のネズミ男爵の姿を見れば、素直に頷ける話しだ。
 そんな過去を持っていたネズミ男爵にも驚いたが、そんなビックリスペックなネズミ男爵を忘れていたルイチにも驚いた、というか飽きれた。
「思い出して頂き光栄です、姫君様。私、あの鉄鼠です」
「……大した異名じゃないか」
「光栄ですが、今は昔の話しはどうでもいいのですよ。問題なのは、あなたの覚悟が未熟だということだ」
 おもむろに、ネズミ男爵は自身に巻き付けているサラシに手をやる。
「私はこの戦いに! 死地の覚悟を抱き挑んでいる!」
 その叫びと共に、ネズミ男爵は自らの手でサラシを引き千切った。サラシに覆われていた腹部が見え、そこには真横一文字の筋ができていた。
 それが俺には何なのかわからなかったが、ルイチにはそれが理解できたようで、驚嘆の声を上げた。
「まさに死地の境地、あっぱれな奴じゃ……あやつ、陰腹を切っておるわ、今は異常な筋肉で傷口が閉じておるが、この戦いが終わる頃には……」
 その言葉を聞いて、ようやく意味が飲み込めた、と同時に身体と心がすくみ上がった。
 俺は、とんでもない奴を相手にしていたのだと改めて気付かされた。
「あなたは、何を抱きこの戦いに挑むのか!」
「俺はただ、家に帰りたいだけだ」
 震えそうになる声を、なんとか平静を装った声へと変換し答えた。
「もういい、私はそんな目を見たいのではない! お喋りは終わりです、さぁ構えたまえ」
 ネズミ男爵はそう言って、先ほどと同じように手をパーの形にし、両前肢を前に突き出す構えをとった。
 相変わらず変な構えだと思いながら、すくんだ身体を立て直し、俺も構えをとる。
 ネズミ男爵の驚異的な攻撃力と、途方もない覚悟を見てしまった俺の思考は、先ほどのようにこちらから先に飛び込むような考えは一切として浮かばなかった。
 途端、ネズミ男爵が動いた。
 突き出した両前肢を地面につけ、身体を前に折り、四つん這いになる。
 それは本来のネズミの、獣の姿だった。
 察するに、これこそがネズミ男爵の正式な構えなのだろう、前肢を突き出していたのは構えの途中だったのだ。
 ネズミ男爵が顔を振り上げた、その刹那、ぬらりと妖しく光る一閃が走る。
――前歯だ
 そう気付いた時、すでに前歯は俺の喉元へと伸びていた、反射的に真横に飛び退く。
 が、逃げ切れず、前歯は肩先をかすめていった、地面に赤い斑点が落ちる、俺の血だ。
 心臓が爆発しないかと心配するほどに、鼓動が跳ね上がる。
 限界まで伸びきったと思われる前歯は、メジャーが戻る時のように速やかにネズミ男爵に収束された。
「伸びるなんて、汚ねえ前歯だ」
「そうですか、歯磨きはいつもしているんですがね」
「その汚いじゃねえよ」
 俺は引きつった笑みで、強がってみせる。
 次に、ネズミ男爵の四肢が地面を蹴った。
 そのただ一回の蹴りで、ネズミ男爵の巨躯は推進力を得て、俺に向かってくる。
 一瞬で距離は詰められ、その勢いを一切殺すことなく突っ込んでくる、ネズミ男爵はタックルを攻撃の選択肢に選んだようだ。
 身をひるがえして、ネズミ男爵をやり過ごす。
――今だ
 反撃を試みた、刹那、死角から放たれた一撃をわき腹にまともにくらう、丸太を打ちつけられたような激しい衝撃と酷い痛みが瞬間的に呼吸を奪い去った。
 俺の身体は打ち上がり、そして地面に叩きつけられる、受け身を取り損ねた。
 息が詰まり、深い咳を何度もしながら、わき腹にくらった一撃が、尻尾による横なぎの攻撃だったのだと悟る。
 なんとか身を起こすと、ネズミ男爵が目の前に立っていた、そんな事にも気付かないほどに意識が散漫としていた。
「これで終わりなのですか?」
 なぜか悲しそうな声で、ネズミ男爵はそう呟いた。
 次の瞬間、俺の意思とは別に、俺の足は地面を離れ、宙に浮いた。
 混乱の中、急に腹部から意識を断ち切るような痛みが這い上がってきた。
 痛みのさきに、視線を落とす。
 ネズミ男爵の四本の爪が、俺の腹部から背中に向けて貫通している。
 ようやく全てを理解したが、もう遅い。
 じきに意識が遮断された。
 俺の名前を叫ぶルイチの声を、最後に聞いて。


 夢を見ている。
 不思議な夢だ。
 天も地もない、どこまでも真っ暗な空間に、俺と一匹の虎が向き合っている。
 以前にも、これと同じような夢を見た。
 ただ、以前とは違う点が一つだけあった。
 俺と虎の間に、今ではあまり見かけなくなったテレビデオが一台だけ置かれていた。
「待っていたよ、吾妻一豊」
 虎は、自分のことを白虎と名乗った。