今、際限ない悲しみの要塞を打ち砕いて

boredoms2010-05-09

昨日、ボクシングの試合を見に行きました。
友達がチケットあるから来ない??と言ってくれたので行ってきました、2万円の席です、うひぃ。
すごいですよ生で見たら、腹とか当たったらボスボスと音が鳴って、顔にパンチが当たったら汗がしぶきになって飛んでました、まるではじめの一歩でした。
あと、山崎製パンさんの「ミニスナックゴールド」が大好物です、あれはほんと美味しい。袋に超ロングセラーと書いてるのも頷ける。


獣王伝 雷血
第十一話「戦い 其の一」


 四十分ほどバスに乗って、降りたバス停から十五分ぐらい歩いた所に、ネズミ男爵の家は建っていた。
 県境の手つかずの山奥、目的地である終点まで乗っていたのは俺達しかいなかった。高砂雪江はこんな辺鄙な所まで来ていたのかと思うと、よほど行くあてがない旅だったというのがよくわかる。ただ漠然とバスに乗っていたら終点まで来てしまった、多分そんなところだ。
 てっきり人目を避けるように住んでいるのかと思いきや、あまりに堂々とネズミの家はそこに存在していた。周りに家はおろか、あるのはただただ草木だけが生い茂っている環境だったので余計に目立った。木造で建てられた家の壁は真っ白で、濃く明るい青色の屋根、そこから突き出た煙突、家の周りを囲うようにして庭があって、様々な花が風に揺れていた。羨ましいほどの家だ。
 すでにルイチは、持ってきたレジャーシートを敷き、庭の端っこの方で居座っていた。手入れの行き届いた花々を見つめて上機嫌だ。
「いやはやなんとも可愛い花々じゃな、まるでわしの様ではないか」
 そう言ってキッと俺の方を見る。さっきからこの行為を繰り返している、今ので五回目だ。きっと俺に「そうですね」と言わせたいのだろうが、俺は無視を決め込んだ。俺はいいとものお客さんではない。
 ルイチはまだ俺の方を睨んでいるが、無視して呼び鈴を鳴らそうと手を伸ばした、とその時、家の方から声が聞こえた。
「わたしの花を気に入っていただいて、光栄です」
 扉がきしむ音と共に開かれて、大きなネズミが顔を覗かせた。ネズミ男爵だ。 
「いやはやなんとも可愛い花々じゃな、まるでわしの様ではないか」
 ルイチは再度そう言って、今度はネズミ男爵の方を見る。
「はははっそうですねぇ、可愛らしいお嬢さんです、花が羨んでおりますぞ」
「ほほっ! ネズミのわりに美的センスは一豊を凌駕しておるわ! おいネズミや、誉めてつかわす!」
「これはこれは、ありがたいお言葉を頂きました」
「苦しゅうないぞぉ、にょっほほほほほほほっ!」
 よほど嬉しかったのだろう、体をそり返してイナバウアー状態で笑い続けている。すごく奇妙だ。
「おいルイチ、アホと思われるからやめなさい。お世辞だぞあんなの」
「いえ、お世辞などではございません、そんな事を言っては失礼ですよ、そうでしょう? 流転の姫君様」
 はっとしてネズミ男爵に視線を送る、あいつは今確かに「流転の姫君様」と口走った、ルイチの事をあいつは知っているようだ。 
「にょほ……なぜわしの事を知っておる、ま、まさかお主は!?」
 さっきまでとは打って変わり、ルイチの顔に緊張が走ったのがわかった。この様子だとルイチもネズミ男爵の事を知っているのだろうか。もしかしたらネズミ男爵の過去や、何者であるのか、いくらかの情報を知っているのかもしれない。
「ちょおま、ま、まさか、お主……わしのファンじゃな!? サインか? サインが欲しいのんか!?」
 この状況で何を言い出すんだこの子は!? アホなの!? いや間違いない、アホだ!
 ルイチは瞳をキラキラさせて、レジャーシートから飛び上がり、俺の制止もお構いなしに靴下のままネズミ男爵の所へ駆け寄ると、サイン色紙をネズミ男爵の少しぷっくりしたお腹に押し当ている。色紙にはすでにサインがされており、黒いクレヨンで『オムライスはおいしいんだなあ るいち』と書かれていた。みつお氏もびっくりな意味のない言葉だ、すごいよルイチ。とんだ姫君様だ。
「おや、お忘れですか、それは残念です、まぁ無理もないですね、最後にお会いしたのはざっと二百年前ぐらいですから」
「お主ら子年の干支者は数が多いからの、いちいち覚えてられん。許せやネズちゃん、ほら色紙」
 色紙をさらにお腹にグイッと押し当てるルイチ。今気づいたが、ネズミ男爵のお腹にはサラシが巻いてある、初めて会った時にはしていなかったはずなのに。怪我でもしたのだろうか、はたまた戦いへの気合の現れなのだろうか。後者だとしたら、厄介だ。
「は、はぁ……頂きます……」
 ネズミ男爵は、渋々サイン色紙を受け取った。お気の毒に。
 一方のルイチは、満足げにこちらに戻ってくるとレジャーシートに座り、母さんが作ったと思われるお弁当をひろげ始めた。この状況にもう飽きてしまったのだろう。
 お弁当に好きな物でも入っていたのか、飛び跳ねて歓声に沸くルイチを横目に、俺はネズミ男爵に切り出した。
「賑やかせて悪いな、着いて来るなと言ったんだけどさ」
「かまわんよ、久しぶりに姫君様のお顔を見れて嬉しく思いますよ。ところで、ここに来たということは、覚悟が決まったということでよろしいのですね?」
 そう言いながら、ネズミ男爵は色紙を玄関に置き、庭に出てきた。そうして、俺と向き合う形になった。
「今日来なかったら、どのみちあんたに命を狙われるんだろ? そんなの寝覚めが悪くてしょうがないよ、だったら早いとこ終わらせたほうが良いと思ってな」
「そうですか、それでは私は任務を遂行させていただきます」
 ネズミ男爵は、手をパーの形にして両方の前肢を突き出した、あれが構えなのだろうか。
 俺も、構えに入る事にした。
 やはり、恐怖心があるのだろう。少し震えるている拳を、爪が食い込むほど強く握りしめた。
 しばらく見合って、俺が先に動いた。
 一歩、また一歩、真っ直ぐに駆け出し、距離を縮める。
 ネズミ男爵が警戒して腰を少し落とす。
 瞬間、俺は低い位置へもぐり、先制となる拳を下顎めがけて叩き込み、後方へとよろめくネズミ男爵を確認する。
 さらに素早く距離をつめると、自身の身体を一回転させ、勢いにのったままの裏拳をネズミ男爵の肋骨に叩きつけた。
 わずかに呻く声が聞き取れた、効いている。俺の攻撃は通用しているのだ、そう思うと少し安心できた。
 が、その一瞬の安心が間を作った。ネズミ男爵の右前肢が俺の遥か頭上から振り降ろされる、それをギリギリの紙一重で身をかわし、右前肢は地面を叩いた。かわしぎわ、渾身の掌底を胸元にくらわせた。堪らずネズミ男爵は膝をつく。
 次の瞬間、俺は震えた。
 カウンターを決めた喜びに震えているのではない、膝をつかせた事にでもない。先ほど紙一重でかわした攻撃の推定される威力に、俺は震えた。かわした瞬間、振り下ろされた空気圧は俺の髪を大いにそよがせた。前肢が叩いた地面には、亀裂が出来ていた。果たしてどれだけの威力が秘められていたのか、あれにもし当たっていたら、そう考えると俺は無意識に後ろへ飛び退いてしまっていた。
 だが、その選択肢が間違っていた事にすぐに気付かされる。
 押し倒されそうな分厚い殺気が俺に吹きつけてきた、あまりの殺気に吐き気がしたが、それをなんとかやり過ごした。
 殺気の発信源は、膝をつき、顔を伏せているネズミ男爵に違いなかった。
「なぜです、なぜ退いたのですか、もしや今の私のたった一度の攻撃で恐れをなしたのですか、それは死を連想させたからですか、なぜ死を恐れるのです、あなたは覚悟してここに来ているはずだ、なぜです……」
 増幅する殺気が、俺を圧迫させた。
「その程度の覚悟で! なぜここに来たのだぁあ!」
 伏せていた顔を振り仰ぎ、立ち上がった、咆哮が静かな山によく響いた。目の色は鮮やかな赤に染まり、目尻がこめかみあたりまでつり上がっている。喜怒哀楽でいうところの、間違いなく「怒」の感情が、豪雨の如く俺に降り注ぐのであった。